ワンズギャラリー



特別企画 『 復興気仙沼!! 』



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11月22日
東北新幹線で一ノ関、そして大船渡線に乗り換え気仙沼まで行ってきた。この先、陸前高田方面は未だ復旧しておらず汽車で行けるのははここまで。

駅前は震災の痕跡はほとんどなくホッとした気分で海に向かって歩き始める。 15分ほど歩いたころ、大きな交差点でお巡りさんたちが交通整理をしていた。信号がまだ復旧していないらしい。

気仙沼のメインストリート 海は見えないが 市役所を越えた辺りから景色が徐々に変わる。 時計の針が逆回転し始める。



なぜか道が濡れている? よい天気なのに訳が分からない。( 写真左 )







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in気仙沼


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不通になった線路の先には
打ち上げられた船があの日のまま


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70~80センチほども地盤沈下した為あちらこちらから海水が湧き出し、復興の大きな障壁になっているという。





作業車を通す為だろうか。何もない場所に盛り土された道路だけが延びている。電柱が一本もない風景が異様だ。




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誰もいない。子供にも猫にも犬にも出会わなかった。遠く微かに瓦礫を片付けるユンボとダンプの音。

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「ゆかりさ~ん そこはちょっと危険かも?」   (重い人は!)

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津波で消えた南気仙沼駅  その前にあったバス営業所跡 津波直後に起こった火災の爪痕がくっきり残されている。 今回津波は第7波まで襲ってきた、中でも第2波が一番大きく巨大な石油タンクをも倒した。海に浮かんだタンクは互いにぶつかり油が流出引火、業火とともに湾内をグルグルと廻っていたという。
当時、高台の学校に避難していたという人は津波と火が目の前に迫ってくる光景に「死ぬんだなって思いました」と話してくれた。

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「びっくりしたろう」おじさんが笑いながら話しかけてくれた。「復興まで5年や10年じゃぁきかないべぇ」

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復興屋台村  それでも気仙沼のひと達は動き始めている。3つもあった水産加工場をなくしてしまったという会社の人たちもカニ専門店で働き出した。社員一丸となって働く姿に明日が見えた気がした。



「漁師の中おち丼」屋台村の人気メニュー。民宿をしていたというとびきり元気なかあさんが写真を撮ってくれた。「写真送っからさぁ、住所書いてってよ」 こんな小さな縁でも結べた事が嬉しい。






私達が泊まる気仙沼プラザホテルは港のすぐ横にもかかわらず高台にあった為に津波をまぬがれた。 夕食の後、ホテルの若い支配人があの日からの事を1時間以上も熱心に語ってくれた。
最後に「自分達は風化してしまうのが一番怖いんです。東京に帰ったら周りの人にご自分の眼で見てきた事を話してください。そして気仙沼にいらして欲しいと伝えてください。」と話を締めくくった。




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